中川繁夫の写真集

中川繁夫の写真を掲載します。

スマホフォト-4-

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夜の街、グリコのマーク、大阪は心斎橋か戎橋ですね。

スマホの写真縦横サイズ、これです。

アンドロイドに備わっているカメラで撮ったサイズです。

撮ったままの写真、画像をいじったりしていないと思います。

撮影は昨年の年末です。

思いのほか、よく写っているなと思っています。

 

スマホフォト-3-

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いつのまにかスマートフォンを手にして写真を撮るようになった。

iPhoneを一年間使って風景論という写真集を月に二冊、計九冊発行した。

昨年の10月からはアンドロイドのスマホを使って、これで写真を撮っています。

静止画像を得る、という言い方が適切なのかも知れません。

近年は、写真という言い方の枠が、定まらないように思えていますから。

 

 

 

スマホフォト-2-

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もともと写真は一枚で見せる一枚完結です。

ただ同じような諧調で制作されるとシリーズとなります。

シリーズものが群となり塊になってきて物語となる。

基本的には一枚完結というのが静止画・写真の特質ではないか。

この原点に戻れるのが、ここ、スマホフォトのシリーズです。

写真は何処の社だったかタイトルをつけないとわからないですね。

 

スマホフォト-1-

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スマートフォン、俗にスマホiPhoneを使っていました。

昨年秋からはグーグルのソフトでアンドロイドを使いだしました。

アンドロイドに備わっているカメラで撮って、編集加工したものです。

写真とは何か、なんていろいろ考えますが、最新のカメラで撮ったら、とか。

あっちもこっちも、こんな色彩とかの写真や映像が氾濫です。

なるほど、かっての写真論なんて、もう無用の概念なのかも知れない。

 

 

記憶の写真-11-

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野口賢一郎くん、京都を離れて東京へいくときの写真だと思う。

知り合ったのはもう1980年を何年か過ぎていたころだったかと思う。

何処でどのようにして知り合うようになったのか記憶が定かでない。

だけど建築家の松本健さん経由だったかも、フォトハウス構想のなかで。

フォトハウスを最初のころに支持していただいたのが建築家松本健さん。

京都新聞の坂井さんに設立時とワークショップ開催時の記事を書いてもらえた。

どないしてるんやろ、その後、さくら組以後の消息がつかめていません。

 

 

 

記憶の写真-10-

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嫁に行く。

この子の子供が結婚して、孫が数人いるから30年以上の前の日です。

1976年頃かと記憶していますが、その頃の嫁入りとは家から出る。

手伝いの人たち、なんともはや義理とか人情を感じますね。

義理の妹にあたる子です。

 

 

記憶の写真-9-

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1982年の4月でしょうか祭の日の東松照明さん。

1981年末から京都取材で頻繁に京都入りされていた東松照明さん。

京都に住みつくことも検討されていたようだけど、通いでしたね。

ぼくの自宅のすぐそばでの、やすらい祭取材ですが。

写真見てみるとカメラ持ってられないですね、どうしたのか。